第一回
式会社銚子丸
代表取締役社長 石田 満 氏
~第1話~

おもてなしの「志」を「鮮度・歓迎感・お得感」で表現する

銚子丸は一都三県で93店舗を展開しているグルメ回転寿司店だ。鮮度の高いネタやボリュームを売りにした高品質な寿司を100円均一でない形式で提供している。コロナ禍以降は、ロス削減や顧客満足度をより高めるためにフルオーダー形式の店舗を増やしている。

 

もともとグルメ寿司の先駆けであった同社だが、近年は100円以上の値段で高品質なネタを提供する回転寿司チェーンが増加傾向にあり、競合との差別化がより重要になってきているという。代表取締役社長の石田氏は銚子丸の優位性について次のように話す。

 

「他社と比較して、同じ品質・同じボリュームなら割安に感じてもらえる値段設定にしているし、同じ価格であればより鮮度が高いと感じてもらえると思います。接客サービスも当社では重視していて、店舗を劇場に見立ててスタッフは劇団員、顧客は観客というコンセプトになっています。調理された商品を味わうだけでなく、オープンキッチンで寿司を握ったり卵焼きを焼く音や匂いなどのシズル感もお客さまに見て感じて楽しんでいただきたいのです」

 

ただし、と石田氏は続ける。こうしたエンターテインメント性は重要な要素には違いないが、表現のひとつに過ぎない。最も大切なものは「心」で、創業者である堀地(速男)氏の言葉を借りれば「志」だという。おもてなしの「志」があれば、出てくるものの鮮度、お客様をお迎えする歓迎感、食べた時のお得感。この3つに必然的に違いが出る。

 

店舗の設えにも他社との違いはあるという。

「うちは建物にかける資金は最小限。創業者に言わせるとまさに安普請だが、中に入ったらお客さまをお迎えする歓迎感はすごい。食べてみたら商品の鮮度もボリュームもすごい。そういう感じが出てるかもしれないですね」

 

お金をかけずにいい雰囲気作りをして、商品にはよりコストをかけて割安に提供する。2,000円中盤という客単価だそうだが、この価格で美味しい寿司を食べられるところはなかなか少ないと言える。

 

創業者のバトンには経営以外の想いや夢が託されている

石田氏は創業者の堀地氏からバトンを託され社長に就任した。創業家から外部人材へのバトンリレーはうまくいかないケースがままあるように思うが、銚子丸の場合はどうだっただろうか。

 

「僕はどの会社でも創業者の指導を受けながら仕事をしてきたので、創業者の考え方は身に染みている部分がありましてね。堀地と会った時も、一番大事にしてるのは『お客様の感謝と喜びを頂く』という経営理念で、寿司職人の一人一人にそれを教え込んで、体に染み付けて今があるんだとおっしゃってました。私は多分、堀地が築いてきたものをしっかりと引き継いで成長させていけるやつだと思ってもらえたんでしょう」

 

堀地氏が望んでいたのは会社としての「量」の成長だったという。会社を大きくして永続的な企業を作りたいという壮大な夢。創業者からバトンを受けるということは、経営の舵取りを引き継ぐだけでは足りず、創業者の夢や想いを引き継ぐことだと石田氏は理解し、共鳴したのだ。

 

「経営をよく知っている人、いわゆる二代目だったりプロ経営者だと自分のやり方っていうのがあって、創業者の強さとぶつかってしまうのがよくある話だと思います。その点私は適度な馬鹿だったって言うか、素直に聞けたところがよかったのかもしれません。あとは、タイミングもあったでしょうね。社長就任後、二年半ぐらい堀地と一緒にやらせてもらったところで堀地は亡くなった。創業家の娘婿である常務と一緒に私が二人三脚で新しい銚子丸を作る機会を得たんです」

 

働き方改革の裏側「僕の代で普通の会社にしていく」

その新しい経営体制の中で石田氏が積極的に取り組んだのは働き方改革だった。この取り組みの経緯、難所はどこだったのか。

 

「あるとき労働基準監督署の検査が入って、改善指導されたわけです。そこで2017年の10月ごろから働き方改革に取り組み始めました。残業削減とサービス残業が絶対なくなるような仕組みを作ろうという目標を立て、具体的には給料に含まれる月70時間の残業を45時間まで減らすことを目標に動き始めました。

労働時間を1人ずつチェックして、できてない人に個別指導したんですが、なかなか進まなかった。実は、残業を減らすと給料が減ると思ってる従業員がかなりいたようなんです。そこで、改めて給料を変えない前提で労働時間を減らすことを協力依頼したら、だんだん本気になっていってくれて、2019年の5月には45時間まで削ることができて、サービス残業もなくなりました」

 

現場は70時間働かないと給料が減るからわざわざ仕事を作っていた側面もあるということだろうか。

 

「現場の作業って、やろうと思ったらいくらでもあるわけです。もともと職人さん達は、人より早く来て遅く帰るのを美徳としてきた人たちで、その価値観を覆すのは簡単ではありません。いいお店であればあるほど、みんなが同じ時間に来て、一生懸命働いてみんなで帰る。それをお金のことから入って解決して、会社としても営業時間を短くしたりして整えながら踏み込んだんですね」

 

外食業を始めとしたサービス業では、生産性が低いと言われている中で、サービス残業で利益を出す前提になっている企業も少なからずある。労基署のチェックが入ったところで、なんとかやり過ごそうする企業もありそうなものだが、銚子丸は本格的に反省して経営改革に乗り出す方を選んだ。

 

「このままじゃ駄目だっていうのは給与制度や働いている劇団員たちを見て思っていましたし、私は社長になって一番初めに、創業者がやってきたことは素晴らしいんだけれど、僕の代になったからには少しずつ『普通の会社』にしていくって約束をしたんですよ」

 

石田氏は創業者の想いを引き継ぎながら、自分の使命もコミットしていったのだ。創業者が内部留保を厚くしていたから支払い先行で会社を立て直しても簡単に潰れはしないという安心感に加え、行きつく先を明確にイメージしていたため不安はなかったという。改めて石田氏は「苦労はしたがやってよかった」と話してくれた。

 

「人手不足で大変な状況ではありますが、うちは離職率も減ってきて、出戻りの職人さんも随分います。人を大事にして、今後も人が支えてくれる業態をやっていけるっていう自信になったと思ってるんですよ」

 

サービス業の付加価値の源泉は人だ。従業員が安心して長く働きたいと思えるような環境を準備するのは、長期目線で考えれば経営にはプラスしかない。最近は消費者側もそこに気が付いていて、従業員のサービス残業で支えられている店でお得に食べたいとは思わない風潮があるのではないだろうか。

 

コロナ禍を経て遂げた成長

 

コロナ禍に翻弄された数年間。改めて振り返ってどんな影響があったのだろうか。

 

「緊急事態宣言が出て、まず、会社はつぶれない、職場は大丈夫だと現場になんとしても伝えたいと思いました。資金繰りとしては、銀行借り入れ、役員報酬の削減、賃料交渉、この3つはすぐにやりました。周囲の協力を得ながらやるべきことをやって、事業の継続性や経営の安定についてはみんなに良い宣言ができたと思っています。ただしそこから営業がどんどん変わっていくんですね」

 

緊急事態宣言以降は月次売上の4割が飛ぶ月が出たという。損益分岐点なんて言葉は即座に意味を失うような有事が起きたのだ。ひと月にかかる経費から逆算して、借り入れを中心に資金を工面し、営業面では非接触化を中心とした大規模なオペレーション変更が行われた。

 

「QRコード決済導入から始まり、テイクアウトやデリバリーを強化しました。それからオンラインショップを開設、テイクアウト予約のシステムも入れ、銚子丸アプリというのを作ってテイクアウト専門店を出店しました。会議ももちろんオンライン化しました」

 

90店舗以上を展開しながら新しいことづくめだったわけだが、どうやって進めていったのだろうか。

 

「中途入社の社員から経験者を探して任せました。デリバリー経験者に外部との交渉やお店の教育をやってもらったり、テイクアウト専門店の出店についても、多業態で出店した経験者がいたので、物件開発や店舗設計を依頼して彼らをリーダーとして進めていきました。曽オーナー色が強い会社なら恩恵的にポジションを与えて『あいつならできる』って新しいことをやらせる場合もあると思いますが、2代目になるとそういう突っ走り方はしないで慎重になる傾向はあるんじゃないですかね」

 

営業以外には、生活保障として全従業員に対して休業補償や助成金を利用した補助を行ったという。働き方改革と同じ時期だったので、営業時間を極端に短くしたり、正月はテイクアウトを中心にしたりと、様々な工夫をして乗り越えた。

コロナ禍が去っても足元の課題は山積している。様々な物資やエネルギーの不足により、モノの原価や水道光熱費が軒並み急上昇しているのだ。人件費ももちろんそうだ。現場ではどう対策していくのか。

 

「値上がりを止めることはできないんで、例えば魚なんかはなるべく効率的に買うってことですね。人件費はもう少し努力の方向性があって、今までできてなかった仕事までできるように育成をして、働きやすい職場を作ることでベテランがやめないようにするってことをやっているわけです。

今すごく感じるのは、コロナ禍でお店のお尻を叩きながら管理原価と人件費の管理をしてきたので店舗に実力が付いたということです。食材のロスは本当に少なくなりましたね」

 

不安が取り除かれた中で危機感と直面することで実力がつく

店舗の実力をつけることについては多拠点展開ビジネスの経営者がこぞって悩んでいるだろう。銚子丸ではどうしてそれができたのだろうか。

 

「お客さまが来ないのに寿司が廻ってて、これはまずいってみんな思ったんでしょう。だから廻さないでいいんじゃないかとなって、そうすると余分なものを仕込まない、仕入れない、在庫がきれいになるっていう循環が回り始めた。売上減や客数減を目の当たりにして、彼らが自主的に考えるようになったんです。

 

ただ、お客さまが来ないというのは普通に考えたらとても不安な状況で、離職していっても不思議じゃないですよね。だから僕はまず従業員に不安を与えないように資金を調達して、宣言もしました。安心を担保した上で適度な危機感を感じたから色々手を打ってくれたと思います。不安と危機感は違います。経営者は不安を取り除けるような環境を用意しなければいけません」

 

石田氏の口調に熱がこもった。経営改革やキャリア形成において危機感というキーワードがあがることはよくある。銚子丸ではまさに本部と店舗が一致団結して危機を乗り越え、次のフェーズへ進む切符を手に入れたということだろう。

 

毎日、畳の目一目一目だけれども必ず変えていく

 

石田氏が社長に就任して10年になる。その間に色々な危機がありながらも店舗は増えていき、業績は右肩上がりになってきたが最大の要因は何か。

 

「成功というのにはほど遠いと思ってますけれども、落とさずに来たことを成功って言ったとして。この業界は成長させるには成功モデルを作って出店で増やしていくのがセオリーです。出店は思うようにできてないんですが、少しずつ伸ばしてきたことは何かと言ったら、人的資源なんですかね。店舗で働く人や500人近くいる正社員の結び付きが強い会社ですから、その人達が助けてくれたってことですね。

 

大きく支えられたことは、僕がやったことで一つもないと思ってるんです。ただし社長になった時にみんなに宣言したのは、毎日畳の目一目一目だけれども必ず変えていくから、それがいつか振り返ったときに、おお変わってるじゃんっていう風にね、少しずつだけど改革が進めていくからと。そして普通の会社にしようよって。まだ大きな結果にはなってないですけどね」

 

そうは言うものの、離職率が大幅に落ちたりコロナでも離職離反が少ないというのは紛れもなく正しい采配を行った結果だろう。

 

「働き方改革をして、働きやすくはなってると思います。でも職人さんたちがすごく満足かって言うとまだそうじゃないと思うので、もっと分かりやすい満足感を感じてもらえるようにしていきたい。世の中の機運もこれからお給料が上がっていくんだみたいな状況になっていますから、それぞれの頑張りに応えられる会社にしていきたいですね」



 

人材育成企業を標榜し、長期的な成長を見据えていく

 

石田氏は抱負を交えて10年を振り返ってくれた。今後の展望についてどのように構想しているのだろう。

 

「一言で言えば『銚子丸の成長軌道』を確立することだと思っています。確実に毎年新店を出し、既存店は前年を割らない状況が作れれば、毎年作る新店だけは必ず成長できるんですね。不可能ではなくて出来つつあると思っているんで、その成長軌道をしっかりと根付かせること。

 

もう一つはサステナブルな循環って言ってるんですけど、劇団員の人達が働きやすい環境をつり、適切な評価をしていくことで個人のモチベーションが高まるとお店の状態が良くなり、お店の状態が良くなるとお客さまの満足度が高まって、売り上げが上がって、よっぽど粗忽なことしない限りは利益も出て、その利益を再投資できる、この循環をぐるぐる回していきたいですね。

 

その二つを定着させれば、店舗数が増えたり出店エリアが広がったりという形で結果として出てくると思っています。そして、銚子丸は人財育成企業だと宣言しているので、採用した人たちを育てて、現場で役に立つ人材を輩出していく。これも一つの循環なのでしっかりとやっていきたいですね。